ねぎらう習慣から入る

日本人は、
褒め下手、褒められ下手と言われる。

褒められると謙遜してしまったり、
ふさわしくないとか、
そんな高いレベルに達していないとか。

小さいころから
あまり褒められ慣れていないことも影響しているのか、
素直に受け取れない。
 
 
褒める方も慣れていないと、
ぎこちなかったり、わざとらしくなってしまい、
言葉や態度が不自然になることも少なくないかもしれない。

 
褒める方も、褒められる方も、
せっかく勇気を出してチャレンジしても、
途中でやめてしまうと失敗体験になって、
苦手意識が強化されてしまう。
 
 
また、認める、認めてもらうも、
褒める、褒められるよりはややハードルが下がるかもしれないが、
やって当たり前の風土文化や、
認め・認められるためのハードルが、
無意識のうちにできあがっていたりするため、
習慣化までの壁は高い。
 
 
ということで、
もう少しハードルを下げる方法は?というと、
「ねぎらう」の方が、
実際にはやりやすいと感じる人が多いと思われる。
 
 
褒めるにしても、認めるにしても、
せめてこのレベルまで達していないと…といった
見えない壁が存在することが多いが、

「ねぎらう」だと、
一定の成果や結果が出た時はもちろんのこと、
質や量はともかくとして、
少なくとも行動はしたというプロセスに対して、
「お疲れさま」という声かけをしたり、

行動には移せなかったとしても、
何らかの意欲が示されれば、
「それいいね!」と言うことはできるし、

意欲が表には出てこなかったとしても、
何かしら気づけたとすれば、
「そういう考え方もありだね」となら言えるし、

さらに、何の気づきも見つけられなかったとしても、
存在してくれているだけでありがたいとか、
何かの役に立っていると、見ることもできる。
 
 
「ねぎらう」も、
意識しないとできないことだが、
意識してやってみると、
意外にたくさん、ねぎらうポイントは見つかることが多い。

 
さらには、
たとえ人からねぎらいの言葉をかけてもらえなくても、
自分に対してならちょっと意識すれば、
自分を褒める、自分を認める…のような、
罪悪感や抵抗感、違和感は少なくて済む。
 
 
ねぎらい、ねぎらわれる意識と行動が積み重なって習慣となり、
その相互作用で新しい風土や文化が、自然発生的に生まれ、
「認める」・「褒める」のハードルが下がると、
モチベーションが高まり、ぶれないチームや組織になっていく。
 

 
 
 
1. あなたが最初にねぎらいたい、身近な人は誰ですか?

2.また、自分で自分をねぎらうとしたら、どのようにねぎらいますか?

 
 
 
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